大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ラ)445号 決定

抗告人

金子清栄

金子サト

右両名代理人

井上恵文

西村孝一

相手方

右代表者

瀬戸山三男

主文

原決定を取消し、本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

別紙のとおり

第二当裁判所の判断

一  記録によれば、次の事実が認められる。

1  本案訴訟の概要

本案訴訟(東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第一八〇六号損害賠償請求事件)は、申立人両名が原告として、被告国に対し、国家賠償法に基づき、公の営造物たるジエツト戦闘機の設置ないし管理の瑕疵による損害賠償を求めるものであるが、その主張の概要は、「①原告らの子である金子昌孝は、航空自衛隊所属の自衛官であつたところ、昭和四一年三月一〇日所属飛行隊長から局地有視界飛行方式による夜間編隊航法訓練を命ぜられ、ジエツト戦闘機に塔乗し、中原虎彦二尉操縦の同型機と二機編隊で八戸基地から釜石、北海道松前上空を経て右基地に戻るコースを操縦飛行中同日午後六時四四分ころ青森県下北郡川内村山林に墜落死亡した。②右事故の原因は、前記戦闘機が飛行中突然その酸素供給系統に異常を生じたため、金子昌孝が酸素欠乏による意識障害を起こして操縦不能に陥り、そのまま高度を失して墜落したものである。③被告には、事故機の設置管理にあたつて安全配慮の義務を怠り機体に欠陥のある事故機を使用させた過失があり、右過失によつて本件事故が惹起したものであるから、被告は原告らに対し損害を賠償すべき義務がある。」というのである。これに対し、被告は、原告らの上記①の主張を概ね認め、②、③の主張についてはこれを否認するので、本案の主たる争点は、②、③の主張の当否にある。

2  航空事故調査報告書の性格及び記載内容

航空自衛隊において航空事故が発生した場合には、事故調査が行われるのであるが、これには、「航空事故調査及び報告等に関する訓令」(防衛庁訓令第三五号)並びに「航空事故及び地上事故の調査及び報告に関する達」(航空自衛隊達第九号)があつてこれらによれば、航空幕僚長は航空事故について行う調査を補左させるため、航空幕僚監部に航空事故調査委員会を常置すること、同委員会は、航空幕僚監部監察官の職にある隊員をもつてあてられる委員長、航空幕僚監部その他一定の職にある隊員をもつてあてられる委員、航空幕僚長、航空総隊司令官等が指定する隊員をもつてあてられる副委員(原則として、飛行運用幕僚又は操縦幹部、整備幕僚又は航空機整備幹部、技術行政幕僚又は技術幹部、医官の特技を有する隊員を含ませる。)及び航空医学実験隊長が所属する衛生職域幹部及び心理幹部の特技を有する隊員等から選定し航空幕僚長の承認を得て指定される専門委員をもつて組織されること、委員のうち事故発生部隊等の区分に従つて定められる担任委員は、その必要と認める副委員及び委員長の必要と認める専門委員に補左させて現地調査をしたうえ、所定の様式により現地調査書を作成してそれを委員長に提出すること、委員長は右現地調査書に基づき委員会を開催して審議し、所定の様式による航空事故調査報告書を作成し、これに現地調査報告書を添えて事故発生の日から九〇日以内に航空幕僚長に提出することとされ、また、右訓令によれば、航空事故調査報告書は、航空事故の実態を明らかにし、航空事故の防止に資することを目的とするものであつて、航空事故に関する隊員の責任を究明することを目的とするものではない。

右訓令及び達によれば、事故調査報告書には、事故の概要、事故の原因、事故防止方法に関する意見等を記載するものとされ、また現地調査書には、事故発生日時、発生場所、気象状況、事故の形態、航空機の損壊の部位・程度、火災又は爆発の有無、事故遭遇者の死傷の状況やその身体的、医学的、心理学的所見等事故に直接間接に関連すると考えられる多数の事項を記載するものとされている。

3  本件文書の作成・所在及びその提出の申立

本件航空事故に関しても、前記訓令、達に基づいて調査報告書が作成されたうえ航空幕僚長に提出され、同幕僚監部においてこれを保管所持しているところ、申立人らは、右調査報告書(以下「本件文書」という。)が民事訴訟法三一二条各号に該当するとしてその提出を求めている。

二本件文書と民事訴訟法三一二条三号後段との関係

1  民事訴訟法三一二条三号後段にいう「文書が挙証者と所持者との法律関係に付き作成されたとき」とはいかなる文書を指すかは、その立法の趣旨(この規定は、訴訟における真実の発見の要請に基づくものであるが、他面所持者に対し提出義務を課するが故にその利益を害するおそれがあることに鑑み、提出すべき文書の範囲を画したものと解すべきである。)をふまえつつその文書に従い合目的的に解釈すべきである。

そこで考えるに、第一に、当該文書に記載された事項が、「法律関係」に付き作成されたものであることからすると、特定の「権利関係」の発生、変更、消滅を記載したものには限られず、個々の記載事項がそれ自体は非法律的ないし自然的事実であつても、それが挙証者と所持者との間に存する法律関係を構成し又はその存否の判断に直接影響を及ぼすものである場合を含むものと解すべきである。第二に、右規定の法律関係に「付き」作成されたものであるとの文言からすれば、特定の法律関係の「ために」作成されたもの、即ち当該文書が挙証者と所持者との法律関係の発生、変更、消滅等を規制する目的のもとに作成されたものに限られず、このような法律関係の発生、変更、消滅の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにするために作成された場合もこれに含まれるが、他方所持者又は作成者の内部的事情から専らその者の自己使用の目的で作成されたのにすぎないものは、これには該らないものと解すべきである。第三に当該文書が、「挙証者と所持者との間の」法律関係に付き作成されたものであることを要するから、そこに記載された事項が挙証者と所持者の双方にとつて共通に関連する事項が記載されていなければならないが、挙証者と所持者との双方が共同で作成し、またはその一方が他方に対する関係で作成した文書に限らないものというべきである。

2  本件についてこれをみるに、まず第一に、前記訓令等により調査報告書に記載されるべき事項は前記のとおりであるから本件文書についてもこれらの点に関する具体的事実が記載されていることは明らかであるところ、右記載事実は権利関係それ自体に関するものではないけれども、抗告人(原告)らが本案で主張しその主たる争点となつている事故機の設置、管理に対する安全配慮義務の存否の認定に直接影響を及ぼす具体的事実が記載されていることは推認に難くない。第二に、前記訓令によれば、本件文書の作成の主たる目的は、航空事故の実体を明らかにし、航空事故の防止に資することにあるが、航空事故は、その態様いかんによつては一般国民の生命、身体、財産に直接危害を及ぼす場合があり、単に航空自衛隊内部の問題にとどまるものでないことはいうまでもない。したがつて、作成の主たる目的が上叙のとおりであるからといつて、本件文書が所持者ないし作成者の純然たる内部的事情に基づく自己使用の必要上作成されたものということはできない。第三に本案訴訟の当事者は前記のとおりであるところ、本件文書の所持者は、国の機関である航空幕僚監部であり、これに記載された事項が叙上のとおりであつてみると、本件文書は、挙証者と所持者の双方にとつて共通に関連した事項が記載されているものというべきである。

3  そうしてみると、本件文書は民事訴訟法三一二条三号後段に該当するものということができる。

三次に、本件文書が訴訟における真実の発見の要請にも優る公務上の秘密が記載されていると窺われる資料もない。この点に関する被告の主張は、要するに本件文書が提出されると、今後事故調査のために必要な関係者の供述をうることが困難となり、ひいては事故防止の対策に支障をきたすというのであり、右主張も首肯できるところであるが、このことだけでは本件文書の提出を拒む正当な理由には該らないものといわねばならない。

四なお、本件文書の証拠としての必要性について考えるに、前記訓令によれば、航空事故に関する調査が終了した場合には、すみやかに損壊資材を事故現場から除去し、修理し、又は回収するものとし、地形その他の理由により事故現場から除去できない損壊資材は、分解して埋没するがそれが不可能なときは、爆薬により広範囲に飛散させる等して処理しなければならないとされているから、右調査は、被害者やその遺族等が現地に臨んで調査することを事実不可能とする程度に独占的、排他的状況下で行われるものであり、かつ前記のとおり右調査は航空機器、その操作、気象、医学、心理学等に関する高度の知識経験を有する者によつて組織的かつ多角的に行われるものであるからその調査結果は客観性を備えたものというべく、これらの点を合せ考えると、本件文書は、前記争点の立証に関し高い証拠価値を有するものであることは明らかであり、本件記録を検討しても他にこれと同等又はこれに優越する証拠力があつてその取調べが容易な証拠方法の存在は窺えない。

五以上の次第で、本件文書が民事訴訟法三一二条各号に該当しないとして本件文書提出命令の申立を却下した原決定は失当であるから取消を免れないが、本件文書提出の必要性、本件文書の提出時期・期間、提出すべき限度等については、なお原審において本案訴訟の経過に照らして決定するのが相当であるので、同法四一四条、三八九条一項により主文のとおり決定する。

(杉本良吉 高木積夫 清野寛甫)

即時抗告申立書〈省略〉

抗告理由補充書(一)、(二)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例